CoCo★Key カナダで綴る心の記録 ~幸せの「うひょ・うひょ菌」培養計画書~


<   2006年 05月 ( 12 )   > この月の画像一覧



知らないこと

ココッキ(心の記録)を書き出してから、1年が過ぎた。

出てくる、出てくる… 書くだけなのに、よくもまぁ こんなに出てくるものだと
感心するほど、本当に自分の中の色んなことが分かったのだが、究極
分かったのは…

私は、私の事を 何も知らなかった… 

ということ。 自分で知っているつもりだったけど、私って、実は、自分の
事を知っていたと思い込んでいただけで、ちゃんと、知ろうとしてなかったん
だなぁと、驚かされる。

これこそ、私が手に入れた、最大の嬉しい気付きだった。

「ウォー! 私って知らなかったのかー!」 ちょっと変だけど、 
知らないという、否定的な事実に、心躍らせている私がいる。

なぜなら、「知らなかった事」を知ることは、と~っても ポジティブなこと。
大きな、大きな 前進なのだ。

うまく表現出来ないのだけど、「私は知らない」ことを知ることは、中庸とか、
真ん中とか そういう感覚があり、ようやく、行くべき位置の真ん中にたどり
着いて、これから、その位置を深く下へと掘り下げて行けるような感覚だ。

知らないことを認めてこそ、次のステップへと進める感じ。


私が、知らなかったことの1つは、罪悪感の多さ…。

1日の内で、こんなにも自分を責める回数があるのか?と驚くほど、
私は私自身から厳しく叱られて、シュン… となっていた。

「あなたが、この1週間で感じた、1番大きな罪悪感は?」

以前は、こういう質問をされても、すぐ答えられなかったけど、
今は、3つ数えるうちに、即答出来てしまう。

それだけ、自分の心の動きに焦点を当てて、大切に考えているという事だ。

心の動きとは、私が「ココハン」と呼ぶもので、人の言動などに、心が反応
すること。 例えば、モヤモヤ、ズッキーン ムカ~ッ! などの、擬音系。

「彼がこう言ったのは、○○だから××だ」 という風な文章が来たら、
それは心の反応ではなく、頭で考えていることなので、間違わないよう、
注意が必要だ。

この、頭の反応じゃない、心の反応、ココハンこそ、自分を知る鍵。
これを 丁寧に拾っていくと、自分が どんどん 見えてくる。

まずは、自分に興味を持つことだ。

ココハンは、心が私に話しかけている声なのだから、「ナンデスカ?」 と
返答してあげなくてはいけない。

自分に興味を持ってない状態だと、ムカッ!とした、その相手に興味を
持ってしまい、「なんで、この人は こんなヒドイ事が出来るのか?」という、
永遠に答えの出ない質問と共に、結局は自分が苦しむことになる。

それより、「何で、私は この人のこの言葉に反応するのか?」 と、
自分に焦点を当てて、自分にしっかり、返答してあげる事に、時間を
費やした方がいい。 

人のことなんて、放っておけばいいのだ。 私たちは、寿命ってもんが
あるんだし、人のことまで考えていたら、時間がいくらあっても足りない。


自分を知らなかった… といえるまでに、1年かかったけど、これは、
価値のある1年だったと、本当に思う。 >知っているつもりでいたの
だから、やっかいだったのだ!

現在のココッキは6冊目。
この中には、自分に対する罪悪感や怖がっていることなど、ドロドロン~
なことが沢山、文字として落とされているが、これがまた、嬉しい♪

なんでも 知らないより、知っている方が気持ちがいいもので、
自分の秘密が解き明かされていく毎日は、本当に幸せだ。


自分に興味を持って、自分を知っていくこと。
知らないから 学べる。

学ぶために 私は生きている。



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by uhyouhyoclub | 2006-05-30 12:39


ベトナム式の結婚式

先日、参列したベトナム式の結婚式の様子を
HPの日記にて、画像付きで紹介しています♪

初めて見るベトナム伝統的な式で、すごいおもしろかった!
また、新郎&新婦の家族のあったか~い愛を感じられた
ステキな式でした。

是非、見にきてね♪

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by uhyouhyoclub | 2006-05-29 07:20


ワタチュウ★

ほんの少し前、人間関係を建て直そうと、躍起になっていた時期がある。

とにかく私は、人からどう思われるかで、自分の存在価値を決めていた
ところがあったため、私にとって 「嫌われる」 という行為は、何より怖い
ことでもあった。

ココッキを書いて、自分を見つめるのも、この人間関係を修復するのが
目的だったのかもしれない。

「ああ… これで Aちゃんに、すっきりした気持ちでメールが出来る!」

ココッキを書いて、手ごたえがあったとき、こんな安堵感を覚えた。

でも、カフェでココッキを書いていて、自分の「底」を見てしまったある日、
私は、それまで、必死に取り組んでいた作業のやり方を大幅に見直す
必要があると、ハッキリ分かった。

人に、嫌わないでね系の事を言ったり、罪悪感をベースに心のシェアを
したり、はたまた 自分の事を理解してもらおうと、一生懸命、説明を
したり…  

今思えば、こんなこと、恐ろしく遠回りなことだったのだ。

もちろん、こういうことをする事も、無駄なんかでは決してない。
この過程を経て、初めて遠回りしていたことにも気付けたし、この段階を
踏まなければ、私が自分の価値付けを、人に求めすぎていたことなど
気付けなかっただろう。
 
ココッキを通して、私は ようやく目覚めて、起き上がり、
私が行くべきところへと歩きだしたのだ。 

私が行くべきところ。 
それは…


「自分の中心」  だ。

「自分の中心」 って所へ行くことは、決して簡単なことではない。
ある種のふんばりと、かなりの勇気がいる。

自分の中心に留まるには、自分から生まれる、すごい醜い感情を
しっかり見つめ、それを 味わい切ってしまうことが必要となる。

ねたみ、しっと、怒り、悲しみ、苦しみ…
こんな、ドロドロ~ンとした感情を持つことを、自分に許してあげること。

こういう醜い感情を認められず、こんなの持ってちゃいけない!と、
自分に命令した途端、自分の中心からそれてしまう。

人をねたむなんて、良くないことだから正すべき!

こんな言葉で自分に命令した瞬間、他人に対して善人にはなれるけど、
自分には、「あんたは、そのままでは愛されないんだよ!」 と言い放つ、
悪人になってしまう。

自分の中心にいることは、自分に善人であることだ。


人は、ねたんだり、嫉妬したり、怒ったりすると、何だか 悪い人になって
しまいそうで、一生懸命、こういう感情を追い払おうとするが、これは 
かえって逆効果だ。

こういう感情を手放す作業は、子育てと すごく似ている。

たくさん愛情を与えて育てた子供は、ある程度の年齢になると、愛されて
いるという安心感と共に、しっかりと親離れして、旅立っていく。
親が、まだ旅立たないでくれ~! と願っても、去ってしまう。

でも、愛情を与えていない子供は、いつも不安定で、何歳になっても、
父親の愛を探し、母親を求め、精神的に親離れすることが出来ない。

自分の中から生まれた感情に、愛をいっぱい与えれば、ある期間が
過ぎると、頼んでも 去っていってしまう。 

でも、「あっちいけ!」と、邪魔者扱いしたら、いつまでたっても、
「認めてくれよ~」 と、自分に訴え続けられ、そのネガティブな感情と
付き合い続けることになる。

ネガティブな感情を受け止めると言っても、別に、その相手に怒りを
ぶつけたり、ねたんで意地悪をしろと言ってるわけじゃない。
あくまで 自分の中で処理することであり、人に迷惑などかかったりしない。

何でも理由があって 起こっている。

だから、ネガティブな感情を追い払うことにエネルギーを使うなら、
どうしてネガティブな感情があるのか原因を知り、自分に共感する時間に
あてることだ。

自分に共感することで、自分の中心に 留まることが出来る。


この、感情をそのまんま受け止める作業が出来ないと、自分は
本当に何を欲しているのか、理解し切れない。

そりゃそうだろう。他人に善人のふりをしたまんま、「これがしたい!」
という言葉は、たいてい、人のために発するものが多いはずだ。

自分の中心にいたら、「自分の言葉」が話せる。
自分の言葉とは…

誰かに嫌われることを心配してない、自分は価値があるんだと、人に
認めさせようと躍起になってない、ただ、自分は、こう思うんだ… という、

「純粋な心の音」 

それが、自分の言葉だ。


問題解決したり、人間関係を向上させようと、一生懸命になっていた
私だけど、そんなことするより、自分の中心に戻ろうとすることに、
もっとエネルギーを費やしていこうと、改めて思った。

自分の中心に戻ろうと思ったら、不思議なことに、嫌われたくないとか
私を理解してもらおうとしていた人たちのことが、どうでも良くなって
しまった。

どうでもよくなった…というのは、大切じゃない ということではなくて、
自分のベストを尽くし、自分を表現したあとは、相手に対し、私が
望む形で、私の事を思って下さいと願ったり、頼んだりするのをあきらめ、
相手の好きなように、私を判断してもらおう!という事だ。

嫌いたいなら、嫌ってくれ! 思いたいように思ってくれ!

私は、私以外の人にはなれない。

自分の弱さや醜さを見せて、相手が嫌だというなら、仕方がない。
嫌われないように、ふんばって付き合うより、潔く嫌われた方が気持ちいい。


わたしは わたしだ~っ!

私の中心で愛を叫んでみる。

ワタチュー♪
>やっとタイトルの意味、分かった?(* ̄m ̄)プ



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by uhyouhyoclub | 2006-05-27 15:41


隠れ蓑(みの)

「さらちゃんが 勉強してるとこなんて、みたことないな…」

今朝、夫に こんなことを言われてしまった。

今月はじめから学校に戻った私。 
学生なのに、勉強してる姿を目撃されてないなんて…! 

夫の、この言葉を受けて、慌ててスケジュール報告を始めた私。

「えっと… 月&水が学校で、その日は学校の図書館に残って勉強
してるよ。 あと、木曜日に スタバで一気にやってるの。」

でも、事細かにスケジュール説明をしながら、夫に、だんだん
腹が立ってきた。 なんで、夫に 私がどう生活してるのか、詳細を
報告しなくては いけないのか?

「…何が言いたいの? 学費が無駄だって?」

寝不足も手伝い、何だか とってもムカムカして、夫を 攻撃したくて
たまらなくなった。 

だけど、ムカムカしながらも、すぐに、私の中にある「罪悪感」に気付いて
しまった私…。

人から言われることは、私が、自分自身に 言っていること。

それが 鏡のように 相手に映り、おんなじことを言われてしまうのだ。

学校へ戻ったといっても、私の取っているコースは、ホームスタディ。
自分で自分の背中を押さなければ、一向に勉強が進まない。

もう1ヶ月も経とうとしているのに、全く何もスタートしていない自分に
最近、ほとほと嫌気がさしていたのだ。

そして、「全然勉強しないのに、お金の無駄じゃないの??」 と、いう
言葉と共に、自分を責めていた。

だから、夫の何気ない言葉に、ものすご~く反応した。 確かに私は、
自分に対して、「あんたの勉強してるとこ、見たことないね」と言っていた。

ああ… 夫の一言が、私の罪悪感に火をつけたのだ。


怒りというのは、心の底にある、本当の感情を隠すために現れる。

今日の場合、私は、罪悪感を隠すために、ムカーっ!とした。
あるときは、寂しさを隠すために、怒りで自分をカバーし…
また、不健康なプライドを見せたくないときにも、怒りがムクムクと現れる。

なぜ、本当の感情を隠す必要があるのか?
隠すという行為は、自分で それ(本当の感情)を 見たくないから。

誰かに怒れば、焦点は相手に当てられ、
自分の中にある 本当の感情を見ずに済む。

誰も、自分の中の弱さや醜い感情など見たくないし、そして、 
そんな嫌なものがあるなんて、どうしても認めたくない。

そんなしんどいことをするなら、誰かを怒りつづけ、自分の中にある
本当の感情の存在を忘れてしまった方が楽に決まってる。

怒りは、「隠れ蓑(みの)」みたいなブツだと理解していたら、
からくりが分かって、問題が大きくならずに済む。

私は 今日、隠れ蓑のトリックを思い出し、すぐに罪悪感に気付けたので、
夫を攻撃して、こてんぱに やっつけてしまう事態をまぬがれた…。 
ホ~ッ。。。

重い隠れ蓑を装着しながらの喧嘩って、ほんと、疲れるのだ。


「何で ムカついたんだろう…?」
このちょっとした質問が、私を大きく成長させてくれる。

怒りという、カバーをかきわけて、そこにあるものを見る勇気を持とう。

それが、シンプルに生きるコツだ。


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by uhyouhyoclub | 2006-05-25 13:21


メッセージ

前回の記事で、オコイミについて書いたけど、今日は、これに関連する
メッセージについて。 

この世に偶然はないっていう考え方を取り入れると、私たちの日常に
起こる事柄が、全て メッセージ性を持つようになる。

例えば、テレビやラジオ、パラっとめくった雑誌、カフェで隣に座っていた
人が話す内容など、なぜか 「偶然」、繰り返し耳にする言葉があったりする。

そういうは、何かを知らせるために、やってきたメッセージで、それを
ちゃんと受け取ると、スムーズに 行くべきところへいけることが多い。

例えば、私の場合、ハッピーコーディネイターになろうと思ったきっかけは、
1ヶ月くらいの間で、立て続けに、「カウンセラーになったらどう?」 と
5、6人の人から言われたことなのだ。

それまで、カウンセラーになるなんて、かけらも考えたことがなかった
私だけど、あまりにも 頻繁に人から言われるものだから、これは
何かのメッセージかも? と捉えて、前向きに検討してみたのが
始まりだ。

もし わたしが、「これは何か意味がある?」 
と、考えなかったら、今、この仕事はしてなかったかもしれない。

私1人が考えることは、リミットがあるから、いろんな媒体を通して、
私という人の枠を広げるために、沢山、サポートがやってくる。

このメッセージを チャンスと捉えて、見逃さないことだ。


最近、私のところにやってくるメッセージは、「水分をとりなさい」
というもの。

何冊か違う本を読んでも、「人間の体に水分がどれだけ大切か」
ということが、どの本にも書かれている。 

夫からも、「もっと、水分をとるように」と言われ、挙句の果てに、
カラーセラピーという、健康とは全然関係ないようなコースを
とっても、講師の人から、「水分をとりなさい」といわれる始末。

抵抗するのはやめて、せっせと水分をとっている毎日だけど、
水分をしっかりとると、本当に調子がいい。


ふと、メッセージという言葉は、普段 何も気にせず使っている
けど、日本語ではなんだろう…と、辞書をひいてみたら…

「伝言」 だった。

一見、偶然耳にしたような言葉でも、どこか愛がいっぱいあるところ
から、私たちへ伝えられた言葉のような感じがする。

誰か分からないけど、わたしたちを無条件に愛してくれて、幸せに
なることしか考えてないような人が、届けてくれた愛のあるメッセージ
みたいなものだと考えたら、例え、それがネガティブなものでも、
手のひらに乗せて考えてみる気持ちになる。

実際、「ん?」 という、感覚と共に、やってきたメッセージの意味を
考え、自分の枠を広げるために、自分の中に取り入れたことで
手にいれた多くの幸せがある。



…と、今これを書いていたら、夫が、「水飲む?」 と、聞いてくれた。
ぐ、ぐうぜん?? もしかして、日本語読めるけど、隠してる?(* ̄m ̄)プ

今日は水分不足だったことに いま気付いたので、
ちょっくら(わざと) 水飲んできま~す♪ 



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by uhyouhyoclub | 2006-05-23 09:48


幸せの計画書

「この世に、偶然ということはありません。
すべてが必然に起きているのです。」


この言葉を聞いたのは、もう15年以上も前のこと。

最初 聞いたとき、こんなこと、考えたことがなかったので、
結構、衝撃的で新鮮に聞こえた。

この言葉を聞いて以来、年々、この言葉の意味が分かるようになり、
この言葉の意味を受け入れるようになればなるほど、私の人生は、
思うように、簡単に進んでいったように思う。

私がよく言う、「オコイミ」が まさしくこれ、

起こることには意味がある。
起こ(おこ)・・・・意味(イミ)だ。

自分の身に起こった嫌なことでも、必ず意味があって起こっていて、
それは、私を成長させるために起こっているんだ… 
そして、必ず私は もっと幸せになれる。

この考え方のおかげで、私は 色んなしんどいことも、真正面から
受け止められた。

「胃がん」だと宣告されたときも、「きっとこれは意味がある。
成長のチャンスがやってきた」 と信じて疑わなかった。

だからこそ、両手に抱えきれないくらいの学びがあった。

今振り返っても、この病気は、私が生きていた中で、
一番の贈り物だと思っている。 

無理に、ポジティブに言ってるわけでは、決してないが、この若さで
生死にかかわるような大きな病気を贈られた私は、心の底からラッキー
だと思う。

私たちは、解決できる、乗り越えられる問題しか、絶対に与えられない。

だから、年をとるに従って、与えられる問題も難しくなっていく。

小学生のころ、親に言えなかったような大問題も、今考えたら、
たわいもないことだし、「逆上がりが出来ない…」 と言う問題を抱え、
悩みぬいている30歳など、まずいないだろう。

私も、こんな若さで、こんな病気を与えられたということは、神様という
人がいたとしたら、私は神様から、大信頼されているという証拠なのだ。

「さらちん、お前なら解決出来るはずだから、届けるよん♪」

と、神様っちが、乗り越えられる問題にリボンを付けて贈ってくれたのだ。 
この若さで、大抜擢ではないか。

オコイミを信じている私は 問題を絶対、やっかいなものとして捉えない。 

私たちは、幸せになるために生まれてきていて、
「幸せになる計画書」 に基づいて生かされているのだ。

私であれば、「さらちゃんを幸せにする計画書」 というものが存在し、
何をどうすれば、さらに幸せになれるかが、プランとして記されている。

そのプランの中には、ネガティブで痛みを伴うものもある。
私の中で1番大きな出来事が、胃がんの手術をし、胃の三分の二を
摘出することであった。 

もし私が、この計画書の事を忘れ去ってしまっていたら、本当に
つらくて、しんどいだけの日々だったと思う。 なんで私が…? 
という不満と共に、迷子になってしまっただろう。

でも 私は、この一見、不幸そうな出来事を、オコイミだとして捉え、
自分がさらに幸せになるために起こっているんだと、信じきったため、
本当に 以前と比べ物にならないほど、幸せになってしまった。

誰かとの別れ、失業、病気、怪我…
大変な問題ほど、それを乗り越えた先にある幸せは大きい。

自分が、幸せになるための計画書にのっとって、生かされている
ことを、信じて疑わないことだ。

なんで こうなってしまったんだ…
なんて、不幸なんだ…
こんな不満が湧いてくるのも人間だから当たり前だと思う。

でも、私たちに起こる問題は、私たちを苦しめるために起こって
いるのではないと、大断言する。

それは、必ず、さらに幸せになるために起こっている。

この世に偶然などない!と、自分に起こることを肯定出来たとき、
人は 初めて自分の人生を歩き出せるのかもしれない。


みなさまも うひょ・うひょな 奇跡の偶然を♪



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by uhyouhyoclub | 2006-05-20 17:00


感情と「おしっこ」

長い、長い間…
私は自分に「怒ってはいけません!」 と、怒ることを強く禁止してきた。

怒ることは、私にとって、とっても 「悪」 な ことだった。

完全に八つ当たりで、ひどいメールを送りつけられても、
「ごめんね…」 と、いう言葉を繰り返し、その場を丸くおさめようと、
背一杯 努力した。

私は、人の怒りに自分が触れることも、自分の怒りを自分でみることも、
すごい恐怖を感じていた。

それは、子供のころ、親から、不本意な扱い方をされたにも関わらず、
怒りを表すことを、決して、許されなかった過去から来ている。

だから、怒りを出すことに、とても罪悪感を感じていたのだが、もうそんな
ことを言ってられないほど、大変なことが起きてしまい、仕方ないので、
重い腰を上げて、自分の怒りに向き合ってみた。

でも、その怒っている人は、大切にしてきた人だし、その人に対しては、
やはり まだ自分を止める所もあって、中々、怒りが出てこなかった。

なので、別の「ちょっとしたムカつき」を、タラタラ書いていたら…
だんだん、ヒートアップして、手がとまらなくなった。

最初は、怒れなかった、その人にも、ようやく怒ることが出来て、
最後には、子供のころに出し切れてない、父親への怒りにまで
達していた。

もう、字なんかも、なんて書いてあるかは 解読不可だし、
その日のココッキは、なんと 25ページにも及んでいた…。

ココッキを書き終えて、おもしろいなぁ… と思ったのは、怒っている
人たちへのメッセージは、父親へ言いたいことと、同じだったこと。

今は、両親のことがとても好きだし、愛されている実感も しっかりと
あるので、私の中の傷ついたインナーチャイルドは、結構、元気に
なってきたのかと思っていたので、とても驚いた。

一度、自分の中に 芽生えた感情は、外へ出すまで、何十年でも
そこに たまっているもんなんだ… と、かなり感心した。

 
私たちの感情は、「おしっこ」 みたいなもんだと思う。

怒りでも、悲しみでも、たまってくると、外へ出すより方法はない。

一度、膀胱にたまってしまった、おしっこは、トイレに行く事でしか
処理出来ないのと同様に、一度、湧き上がった感情も、
どうにかしないと、ずっとたまったまんまなのだ。

いくら、「なんで水飲んじゃったんだろう…」 と後悔しても、
「オシッコしたいなんて気のせいだ… カラオケにでも行って、
気分転換し~よお♪」 と前向きに考えてみても、「おしっこしたい!」
という感覚は、ごまかせない。

「おしっこしたい…」と、思っているのに、我慢した状態で、スポーツ
したって、買い物したって、完全に気が晴れるわけなどない。

「ああ… 私は、おしっこしたいんだ!」と、潔く認めて、すっきりする
ことに、力を注いだ方がいい。


もし、誰かに「おしっこしたいんですが…」 と言って、「許しません!
我慢しろ!」 と言われたら、「なんてヤツだ!」 と思うはず。

でも、私たちは、無意識に、おしっこする(怒る)なんて許さない!と、
自分に対して思ってる。 もちろん、自分の怒りを、人にぶつける
わけじゃなく、ただ、紙の上にペンを通して、怒りを落とすだけでも…だ。

おしっこすることを、自分に許してもらった今、私は 自分から
愛されているとしっかり感じる。

そのまんまの自分を愛する… というのは、こんなワナワナしたような
怒りでさえ、ちゃんと感じてあげることも含まれる。

感じていけない感情など この世に 1つもない。
表現する方法を学ぶ必要があるだけだ。

私が感じる感情は、どんなに 醜いものでも価値がある。

私は それを 大切にする。



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by uhyouhyoclub | 2006-05-17 15:00


HPにて…

本日は、オシャレすること、着飾ること などについて、HPの
日記に書いてみました。 画像付きなので、是非、読みにきてね。

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では HPにて会いましょう~♪


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by uhyouhyoclub | 2006-05-15 16:37


自然に…

昨日、ネットで読んだ文章に、
「ツイてる人は、感謝している人」と言うのがあった。

考えてみると、私は、とってもツイてると思う。

仕事の面でも、人間関係でも、そして、例え重い病気をしても、みんなから、
「こんなに早期に見つかるなんて、あなたはツイてる!」と言われた。

辛いことや、困難な状況は、いっぱいやってくるのだけど、
やっぱり私は、ついていると思わずにいられない。

では、「私がツイてるのは、感謝してるから?」 という疑問が湧くのだが、
私って、そんなに感謝してるんだろうか? 今日、カフェで、ココッキを
書いた帰りに、こんなことを考えながら歩いていた。

…で、よ~く、考えてみたら、意外に… 感謝してる… してる!
これは、結構、嬉しい発見だった。

毎日、まいにち 胸がちぎれてしまうかも… っていうほど、つらいことが
起こっても、時間はかかっているにしろ、結局は、私を成長させてくれた、
そのネガティブな事件に、大感謝している。

感謝することを、無理にしているわけじゃなく、ただ、自分と向き合って
いたら、結果、「自然と」 感謝することに結びついていたらしい。

この、「自然と…」 というのが、本日のお題。

誰かを好きになるとき、「さあ、好きになるぞ!」と、思って、恋をする人は
いないと思う。 気付いたら、好きになっていたのであって、「恋しなさい!」
と、自分に命令して、好きになるわけではない。

かくいう私も、竹野内豊を 「無理に愛そう!」と、思っているわけでなく、
ただ、自然と、「愛しちゃってる」のだ。(* ̄m ̄)プ

だから、「自分を愛する」といことも、同様に、「自分を愛そう!」と、
がんばれば、余計に力が入って大変なのではないかと思う。 

自分を愛せない自分が見えると、イライラしたり、不安になったり、
私は自分を愛せない… ということに、落ち込んでしまい、とっても
悪循環な感じだ。

愛すること、許すこと、感謝すること、力をぬくこと…

これは、すべて 「結果」 だと思う。

この結果にたどりつくまでに、あーでもない、こーでもないと、ジタバタして、
いつのまにか、「あら~ 許せてる♪」 っていう、状況になっていたりする。

私の場合、ジタバタしている、その「過程」で、ココッキを書きながら、
自分の中にある宝探しをしている感じだ。 

この宝探しを 楽しんで続けていたら…

ある日、自然と 力が抜けた。

それまで、無理やり、「力を抜こうと、力が入っていた」 ことが、
やっと見えた。
 
そして、だんだん、、「自分を愛する瞬間」が、ふえてきた。

今まで、自分を愛そう!と、一生懸命だったけど、自分の「底」が見えた
瞬間、そういう弱い自分が、愛おしいと 自然に思えたのだ。

そんな弱っちい私を愛おしいと 思えたら、自然に笑顔になった私がいる。

今日、カフェの帰り、ホームレスのオヤジに、「いい笑顔だ!」 
とほめられた。 (>も、もしかして… ただのアホづら?(* ̄m ̄)プ)

「自然に…」 は、楽で、ほめられて 結構、お得だ。


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by uhyouhyoclub | 2006-05-13 16:19


自分の時間

最近、「自分の時間」ということについて、じっくりと考えるチャンスがあった。

私は、自由業だし、会社などへの拘束時間が少ないため、普通にお勤め
している人より、融通のきく時間は、多いと思う。

実際、今現在の労働時間は、日本でOLをしていたときに比べて、
断然少ない。

それなのに…
会社勤めをしているときより、何十倍も自分の時間は減ったのだ。


自分の時間とは、「自分のことだけを考えている時間」だ。


そう考えてみると、自分だけのことに集中している時間って、皆無の
ような気がする。

例えば、シャワーを浴びていても、Aちゃんのことを気にしていたり、
大好きなお菓子作りをしているときでも、Bちゃんのことを考えていたり、
自分のことをしているようで、結局、頭では別の人のことを思ってる。

これって、自分に対しての 「浮気」 と同じだ。

何でそうなるか…
私の場合、単純に言ってしまえば、おせっかい なのだ。

まず、仕事で関わった、沢山の人のことが気になる。
そのほか、親のこと、夫のこと、夫の家族のこと、友だちのこと…

色んな人が 入れ替わり立ち代り、私の頭の中に おいでなさるので
私の頭の中は、常に誰かと共同生活を共にしている下宿屋のようだ。

こうなると、どういうことが起こるか…

頭の中に、自分以外の人を置くと、絶対、問題が多くなる。

ネガティブなことにしろ、ポジティブであっても、自分以外の人のことを
考えて、自分に集中してないと、何かしら、ひずみが生じるのだ。

問題が生じたら、その解決に取り組んで、ワークして…
その結果、分かること。 それは…

自分への愛情不足…。

知らず知らずのうちに、勝手に自分で色んなものを抱え込み、
肩に乗せて、歩いていたように思う。

だから、いつも私の肩は、パンパンに こっている。

この間、体験した、とってもショックなことのおかげで、勇気を出して、
その重い荷物を、降ろそうと決めることが出来た。

そう決めてから、頭の中がとてもシンプルになり、「私の時間」も、
だんだん増えてきた。

あのショッなことは、私に 「あなたは、人の荷物を持ち過ぎですよ」 
と、教えに来てくれたのだと思う。

人を大切に思って、一生懸命その人に接するのは、私の長所でも
あるのだけど、これもバランスをとっていく必要がある。


さあ、私は今から、自分の時間を沢山持とう。

何だか、浮気性の彼氏が、ようやく 私のところに帰ってきてくれたような、
ほっとした感覚だ…。(* ̄m ̄)プ





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by uhyouhyoclub | 2006-05-11 13:51

    

読むだけで何かが変わる不思議なブログ。沢山の方へ、うひょ・うひょ菌が飛んでいくように、プロのハッピーコーディネイターとして、私の心の記録(ココッキ)を残します。
by uhyouhyoclub
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